職歴のお話

高校卒業後会社員にはトウテイ成れない→閉鎖的で世間知らず→他人から指示される事自体キライ→意思に反して自分を活かす事はできないだろうと自営で自由な職業を選択したツモリで選んだ仕事は和様住宅の内装工事←っといっても古式ゆかしく→18歳から見習いで入った仕事は床の間に飾る掛け軸の制作!表具師と呼ばれるには仏教神教、茶道、華道など和の文化を体験してその心を掛け軸の仕立てに反映させなければならない文武両道ならぬ文技?両道が必須!自分にはとてもムリと四年で断念して襖工事が主な表具店を23才で親の協力を得て開業!しかし田舎では正月を控えた年末以外仕事が無くて5年ほどして東京に転居、当時は建築ラッシュで新規の襖ができる職人は貴重な存在?8人ほどの会社形式の表具店に面接に行ったら即採用!翌日からご出勤いきなり連れて行かれた現場は大泉にあった東映撮影所の近くに建った、今では知る人は少ないかもしれませんが作家やタレントや議員になった事もある「野末陳平邸新築工事現場、練馬にも有名人は多く住んでいますがご本人には会えませんでしたが猿を飼っていて奥様を拝見することができ、ミーハーな田舎者にとってはオドロキの連続タダ脇で見ていただけで荷物運びなどロクな仕事をせずに帰りましたがそこは半年で辞めてより規模の大きな・・表具商会という→そのころ台頭してきたハウスメーカーの内装工事を一手に請けて躍進中の内装会社に人脈を通じて就職?仕上がった襖を夜の8時頃に新宿を出発して神奈川や千葉の住宅団地へ納めに行った記憶もあり、若い力を懐かしむのですが30歳代半ばで練馬で自営業として本格独立?街の工務店の勢いがあった←いい時代に遭遇して何とか活きぬいてきましたが今日もこうして(同年輩の一般社会人の方々はトウニ悠々自適な生活を送られているというのに)生活費捻出と健康維持の為←言い訳ですが)にチマチマ動きまわっているのです!


《店舗内装の話がダッセンしました》

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