「死ぬ前に・・・」を現実視!

昔なら縁起でもない表題と思われてしまうかもしれませんがこれは昨日の話→6月の末以来久しぶりで家族で会食した際一番上の21歳になった孫が放った言葉!管理栄養士を目指して葛飾区?にある4年制の大学で勉強中の身←超がつくほどの真面目人間で今思うと、どうでもよかった自粛生活から解放された直後に前回の食事会があったのですが誘ったのに母親と共に感染を恐れて欠席!父親の実家←当家)から歩いて数分のところに住んでいるのですがコロナ騒ぎ以前にはマメに顔を出していたのに→トウゼンの様に「高齢者に感染させてはいけない!」とばかりにしっかり!ゴブサタ!だったので時折家の者が作る手料理を持参した際家の奥の方にいる横顔を見る程度で対面で話すのは数ヶ月ぶり?昨日もファミレスでの会食中食べ物を口に入れる時以外は常にマスクをして私としては「そこまでしなくてもいいだろう!」と言うと角が立つので口には出さずに静観→あと一年とない学生生活や就職先の話を聞いたのですが本人としては入学当初の目標に向かって順調に人生は進んでいる様で一安心したのですが子供が小さい頃は早く大人になっていっしょに酒を呑みたいと思うのは世の常?誰でも思う事!初めて孫ができると「はたしてこの子が大人になるまで生きていられるだろうか?」と憧れ?や希望より自身のいく末を不安に思ったモノですが五十代前半の想いはあっという間の20年が過ぎて今だ当時と同じ現役生活は喜ぶべきメデタイ事デスが話を本題に戻すと巣の中の小鳥の様に口を開けて待っている訳でもないのに親としてはタマにはせっせ?と餌←手作りの惣菜物)を運んでやるのですが調理は昔人間で俗に言う→おふくろの味の継承者?既製のデキアイ物が主流の今の子供世代にとっては何を持って行っても「旨い」「美味しい」っと喜ぶらしくすぐ下には成人ですでに社会人となった妹がいるのですが「ババが死ぬ前に作り方を教わっておいて!」っと言ったとか!我々の感覚だとセメテ→「元気な内に」とでも言ってもらいところ←まあそんな深い意味合いで出た言葉ではないのでしょうが現代は全てが現実的に考えられていて孫にとっては祖母→自分が幼い時からすると確実にお婆バアさんになって親より先に逝くのは当然の事で見かけからは「そう先のことではなさそう!」と現実視しているのかもしれません!が直感的な言葉はこんな歳になると現実を突きつけられた様で妙に心に響くのです!

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