いつまで続く戦後!

お盆休暇の真っ盛りと云っても街の様子は車の交通量や駅に向かう路は人が少なくタダの日曜日程度→仕事は山積しているので休みをとる時間的な余裕はないのですが管理権?が自分に移った広大?な自宅庭の手入れを昨日は朝から実行した後は自室にてパソコンの閲覧?世の中の情報収集←などと書くとすっかりエッセイスト気分?やはり座った姿勢のままで身体を動かさないので暑さのせいと慣れない姿勢での作業もあって昼も食べていない内から、このところ睡眠時間はシッカリ摂れていても眠くなってウトウト←ヤッパリ頭を使うディスクワークより体で勝負?の体質は動きを止めない方が良さそう→休日にしようとしたのですが動いてないと気が済まない貧乏症を発症して午後から現場回り夕方からは自宅で本日用のクロス糊付け作業!一日限りの休日は日常と変わらず今朝も5時前には起きて階下に水を飲みに行くと新聞受けには終戦記念日の文字!モウ75年前の話、戦争の悲惨さを後世に伝えるために辞められない年中行事ではありますが亡くなった方々の供養と称して生きている人間がするのは33回忌まで→この歳でも(戦争を知らない子供達)なのに→遺族と言われた人達もごく僅か→「戦没者追悼式」と云われても子供の頃は確かに実感はあったものの現代の人に→高校野球の試合を中断してまでもモクトウを強要?して迄もやる必要があるのだろうか?←一般論からしたら逆行してますがコロナと同じで本質を忘れて流れ←惰性)でやっている気がしてならないのです!昔は「亡くなった人は早く忘れてやった方がよい」と云って生きている人が先に逝った人のシガラミで生活に支障がでない様な諺?と云うか配慮があって個人的には年に一度の命日で故人を忍ぶのが人情的にはごく自然な事!追悼などといつまでやるつもりなのか→これも私たち世代の影響が強いのでしょうが隣国からはこんな事をいつまでもやっているから戦後が終わらずにアゲアシを取られる事ばかり?←問題発言かもしれませんが個人のブログなのでご容赦を)もし続けるのなら名称を変更して平和祈念の日?として慰霊など関係なく新しい世代にも承ウケける国際社会に国を開くイベントにしたらどうだろうか!間違ったコロナ騒ぎで世の中が激変した今こそ変革のチャンス!戦争は誰でも解る人災→ウイルスはヒトの有史以来共存して来た存在でチョット挙動が変わったくらいで怖がる必要はなくて現代人が不用意に騒いで混迷を極めるこれも人災!亡くなった人を今さら崇めても世界は何も変わりませんしウイルスは自体あまりにも存在が小さ過ぎて人が消毒マスク手洗いなどいくら防御してもなす術がなく無駄な抵抗はセッカクうまく行っている社会を根底から覆す事になってこちらの戦後終結は先が見えて来ていません→人間同士の戦いは大昔の事で地球上から戦争は絶えないとしても先進国同士はその心配は不要←有るとしたら一発地球の存命に関わる事で論外)せめて自分達だけは戦争やウイルスの存在に無駄なエネルギーを使う事は→いい加減やめて真の新生活を目指したいものです!時節柄自分の煩悩は盆脳真っ盛り!


《切手に見る古き良きTOKYO!》

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