彩どる秋

これで(いろどる)と読めないだろうか?毎日こうしてマガリにも書き物?をしているとチョットはカッコ付けというか不勉強を隠す為に日常ではあまり使わない文字や言葉を差し入れてみますが自分が読めなかったり日本語は同じ字をいく通りにも読めて読み方によってはこちらの表現思いが読み手によっては違がった受け取り方をされることはしばしばありそう?こんなふうにフリガナを付けて読んでいただくのですが自分が難読と思ってもタブンほとんどの方はなんでわざわざこんな字にルビを付けるのかなー?っと思われているのかも知れませんが単調なブログに少しでも彩イロドりをつける精一杯のミエの張り様!こんな一人芝居的な感性?と違って自然環境の移り変わりは気温や日照時間の違いなどで変化して誰でもよく周知の『暑さ寒さも彼岸まで』のそうです本日は秋のお彼岸の入り!両親共に「自分達が居亡くなっても線香を呈アげなどに来なくていい!」←ナゼこんな言葉を言い残して逝ったのか背景にはナイショですが親族間の問題があり)っと遺言をそのまま悪用→人間生きているうちが華で居亡くなった人間のために実生活の時間を盗られてはムダとばかりに自分の都合のよい方に解釈して盆正月の帰省はモチロン彼岸の墓参り←信仰心まで失ナくして自分が今存在するのはすべてご先祖様がいてくれたからコソ!の人としての基本理念も忘れがち?(続)自分としては父の母親←名はおサダさん)に背負われたり五右衛門風呂に抱かれて入ったなどのわずかな記憶があり時にはその手を合わせて故人を忍ぶこともヒトの心として必要なのかも知れません→名前は忘れましたが昔著名な方が「僕は宗教を持たない人間を信用できません!」っと云われてトンマな自分は「何か新興宗教にでも入らないとまずいのかなー」などと今思うと的外れなことを考えていましたがタブンこんな人間心理をついた発言だったようです→また表題からおおきく方向性が変わってしまいました←昨日は現場にひっそりと実を付け色付き始めた姫リンゴに舟木一夫の♪まだあげ初めし 前髪の 林檎のもとに 見えしとき🎶の『初恋』を思い出して高校生の時友人達が文化祭で歌って披露?して多感な感性を刺激された事などを色づく秋に掛けてヒトの心情の移り変わりを書くつもりが時間ばかりか考えに余裕がなくなってしりきりトンボで終わってしまい、せっかく追記したのにまたオチは見つかりませんでした!


《色付くヒメりんご》

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